「人種や性がどうであれ自分を愛しなさい」(M2『Born This Way』より)なんて、今さら言われるまでもないメッセージのはず。
ただ、このメッセージをガガが発することが、重要なポイントだったように思える。
異形の姿でメインストリームど真ん中に堂々と立ち、批判もファンの多大な期待も堂々と受け止めるガガが、最高にキャッチーな音楽とMVでもってぶち上げたステイトメントだから、今さら感も説教臭さもなかったのではないだろうか。
9mmがバーニングアップなら、アタリは灰すら残さないぐらい燃え尽きる勢いだった。
開始直前ぐらいからフロアの人口密度と温度が上昇していたのだが、最新作『Is This Hyperreal?』のトップを飾る「Activate!」でステージが幕を開けた瞬間、フロアは突然サウナと化した。1000人近い人々が一斉に踊り狂い、一部の人はアタリのフラッグやステイトメントを書いたプラカードを掲げ、アレック・エンパイア(Vo./Programming)、ニック・エンドー(Vo./Noise)、CX・キッドトロニック(MC)と共にシャウトするのだから、熱くなるのも当然か。汗だくになるペースが予想以上に早く、わずか2曲目で体力が持つかどうか怪しく思えた。
……だというのに、アタリの面々のエネルギッシュなこと! どれほど時間が経過しても、疲れた様子がカケラも見えない。ちょっとオーディエンスがヘタっていると、アレックがガンガン煽ってくる。サウンドもぶっとく容赦なくガンガン鳴り響いていて、実はノイズの衝撃でフロアの壁に亀裂が入ってるんじゃないかとさえ感じる。
これほどのパワーがあるからこそ、「Are you ready to testify?」(証言する覚悟はいいか?)「How much blood will it take!?」(どれだけ血を流せばいいんだ!?)といった叫びが、恐ろしいほどリアルにぶつかってくるのかもしれない。そしてオーディエンスも、同じ叫びをぶつけかえすパワーを引き出されているのかもしれない。
フジのステージでは「今日本に行くのは危険だっていうけど、今こそ日本でプレイするときじゃないか」と叫んでいたアレックだが、今回は明確なステイトメントを語ることはなかった。
しいていうなら、オーディエンスが持っていた「ANTI 原発 RIOT」(裏面は『原発反対! 責任トレ!』)のプラカードを受け取って高々と掲げたことが、自らの姿勢の表明だろうか。
声明文を読み上げるような「Is This Hyperreal?」の詩を叫ぶ姿も、新旧のファンを前に、改めてバンドのステイトメントをぶち上げているように見えた。
しかし、アレックがここまで言い切って/やり切っているにも関わらず、悪化の一途を辿っている現状では、アタリに合わせる顔がないように思える。オーディエンスがどの程度原発に否定的なのかは分からないが、「今のままじゃヤバいんだ!」というパワーに突き動かされて拳を振り上げていた人は多いんじゃないだろうか。
メタルを彷彿させるノリと性急なビートの「Speed」で本編が終了したかと思いきや、ほどなくしてメンバーがステージに戻り、ほぼ燃え尽きたかに見えたオーディエンスを「Start the Riot」で再燃させる。最後の「Revolution Action」は、前述した「今のままじゃヤバい」パワーをオーディエンスが出しきった最骨頂だろう。
曲が終わってなお、アタリは延々サウンドをぐわんぐわんと響かせ、リキッドルームをノイズの洪水で呑み込んだ。オーディエンスの大半は、ノイズに呼応するように拳を掲げ続けていた。この音の波が何分間続いていたのかは分からない。終わりがないようにさえ感じられるほどだった。
轟音が消えてフロアの照明がつくころには、ニックとCXはステージを去っていたが、アレックはしばらく残って握手をしたり手を振ったりしていた。
アレックの姿はアルバムアートワークや雑誌の写真で知っていたものの、明るいところで比較的近くから見ると、改めて「普通の好男子」だと思う。ただ、人混みに紛れたら分からなさそうなこの普通の男のメッセージが、世界を揺さぶり続けているのだ。
ザ・ビショップ
主教(テリーJ)が、教会で起こるさまざまな事件の現場に駆けつける……けどいつも手遅れなハードボイルドミステリ風映画。日本でも、住職や尼僧が事件に関わるミステリものがあることはあるが、ここまでギャング風ではない。聖職者茶化しは前回もやっていたが、主教のガラが悪い分こっちのほうがいろいろ問題ありそう。
なお、映画のオープニングのテロップ「EのC映画(C of E films)」とは、「Church of England(英国国教会)」の意らしい。いっそ本当に教会が作ったらおもしろいのに……という意見は危険だろう。
オープニング
第2シリーズから、オープニングにはジョン演じるアナウンサーが登場する。イッツマンお決まりのセリフが「It's...」なら、アナウンサーお決まりのセリフは「And now for something completely different」(それでは、お話変わって)。
吹き替え版の場合、ときどき「責任持てんよ、ワシは」になっていたりもする。実際、パイソンズはかなりヤバそうなネタで幕を空けることもしばしばあるので、間違ってはいないはず。
このアルバムは、特に新しい試みや挑戦というわけではなかったものの、ラムシュタインファンの期待には沿っていたといえる。実録犯罪ネタ、SM、死に彩られた危険な世界が、重厚で硬質なメタルサウンドと、硬質さに輪をかけるドイツ語ボーカル、そのくせキャッチーなメロディーで、やけに耳になじんでしまう。その一方で、哀切感漂うM6「パリの春(Fruhling In Paris)」やM11「赤い砂(Roter Sand)」の美しい側面にうっかり聴き惚れてしまう。こうした性質の悪さも彼ららしい。
特に問題なのはリード・シングルでもあるM8「Pussy」。タイトルそのままのど直球ヤりたい精神丸出しリリックのくせして、エレポップばりのノリの良さと明るさ。PVに至っては限りなく無修正AVに近く、完全版を見るにはアダルトサイトまで行かなければならない。思えばここのアホエロ路線が、一番想定以上だった。
セカンド・シングルのM2「Ich Tu Dir Weh」(=俺はお前を痛めつける)も同様、文字通りど直球のSMリリック。こちらのPVでは、ティル・リンデマン(Vo.)が頬にピアスホールを空けて口の中に電線を通し、まず自らが痛そうな目に遭ってくれている。
彼らも彼らだが、ファンもファンでこの悪趣味をもっともっとと求めている。音楽を介したラムシュタインとファンの仲も、歓喜と苦難が入り乱れたSMめいてきているように思えてならない。