2012年10月25日木曜日

ハロウィン(2008)

肉付けされた亡霊。

ハロウィン('08)
監督:ロブ・ゾンビ
出演:マルコム・マクダウエル、ブラッド・ドゥーリフ



なんか分かる。マイケル・マイヤーズにもう少し具体的な背景を作りたくなる気持ち、スゲェよく分かる。
何せ、オリジナルの1978年版『ハロウィン』で、誰にも気づかれずぬぼーっと佇むマイケルの姿が、郊外で行き場をなくしたアウトサイダーの亡霊に見えてしまった人間。自身もアウトサイダーたるロブ・ゾンビが自己投影したかのようなマイケル像には、大変納得がいく(あれがロブの実際の家庭環境だったってわけではないものの)。

もちろん、そこが最大の評価の分かれ目には違いない。
だが、原作にリスペクトがあって、原作の重要なポイントも押さえていながら、賛否を大きく分ける要素も盛り込む意欲はリメイクとして優秀なほうに思える。

ハロウィンの夜に家族を殺した少年が、成長してから精神病院を脱走して故郷に戻り、実の妹を追い詰める……という基礎は、もとのジョン・カーペンター版とあまり変わらない。ロブ版のほうがいくぶんカラフルで、犠牲者数も増えて、流血描写もアップしてるぐらい。
ただし、人間として生まれてはきたのだが、次第に亡霊のような殺人鬼になっていくマイケル・マイヤーズの「人間」の部分に、ロブはアウトサイダーの要素を用いて肉付けしていった。貧乏な家庭に生まれ、同居している母のヒモ男にはバカにされ、姉からは邪険に扱われる。学校では友だちもなく、母がストリッパー稼業をしていることでまたバカにされる。そしてついにハロウィンの日、自分を虐待してきた人々を惨殺……と書くと社会が生んだモンスターみたいだが、家庭と学校の苛酷な環境がマイケルを殺人鬼にしたのかといわれると、それは違うんじゃないかと。

そう思うのは、ロブがマイケルの心にまでは肉をつけず、空洞のままにしたからだ。
愛情を注いでくれる人(母)も、愛情を注ぐ対象(妹)もいながら、家族を殺していまう。収監されてからも母はマイケルに向き合おうとしているし、親切にしてくれる看守(ダニー・トレホ。ガチの刑務所経験がある人が語ると説得力増します)もいるのに、目を離した隙に看護士を殺害。成長して巨漢の青年になったと思ったら、護送と同時に警官を殺し、トレホ看守すら手にかけてしまう。
なぜ周りの愛情が哀しいほど届かないのかは分からない。行動の説明が今一つつかない。マイケルの闇に手をつけなかったから、人間・マイケルが徐々に怪物性を増し、亡霊/殺人鬼と化す過程が保たれたのかもしれない。

「人間」マイケル・マイヤーズには自己を投影し、「亡霊」ブギーマンにはスラッシャー・ホラーの星としてのリスペクトを注ぐというのがロブの魂胆だろうか。となると、マイケルが故郷で大量殺戮をくり広げる後半がちょっと物足りないのは、ロブのオレオレ度が低めだから?

まぁ、今回ロブ・ゾンビのオレオレが一番出ているのは、何といってもキャスト。マイケル・マイヤーズに翻弄されたり殺されたりしているメンツが、ちょい役も含め実にホラーオタク向け。
『時計じかけのオレンジ』のアレックス君に、『チャイルド・プレイ』シリーズのチャッキー君、女王シビル様(本名か)。
マーダー・ライド・ショー』&『デビルズ・リジェクト』からは、ファイアフライ一家のオーティスとベイビーとマザーとルーファス(これはマイケル当人か)、ワイデル保安官兄弟、アンホーリー・ツーのロンド兄貴、キャプテン・スポールディングと義兄弟チャーリー・オルタモントと、もはや鉄板のロブ・ゾンビ組。こういう顔ぶれを探す遊び心は、ロブファンにとっては嬉しいところ。
あと、嫁さんシェリ・ムーン・ゾンビを魅力的なキャラにするってポイントにおいては、ロブはまったくブレないし達人ですよ。

2012年10月23日火曜日

インブレッド

これが、変態鬼畜の、モンティ・パイソン形!

インブレッド('11)
監督:アレックス・シャンドン
出演:ジョー・ハートリー、シェイマス・オニール



下に貼ったのは、本作のメインテーマ「The Inbred Song (Ee by gum)」。Ee by gumは北部の方言でOh my godだそうです。日本語訳は「こんチクショウめ」になっています。
言われなくても分かることですが、下に書いてあるのは歌詞の訳ではありません。


♪ 聞かせてやろうー 悲劇の実話をー Ee by, ee by gum!
  監督に釣られてー つい観てしまったー Ee by, ee by gum!!
(間奏)
♪ コレ語るときー ボルテージ上がるー Ee by, ee by gum!
  たぶん普段よりー ドン引きされるー Ee by, ee by gum!!
(間奏)
♪ しかもテーマ曲ー 頭っから離れないー Ee by, ee by gum!
  ついにiTunesでー 購入に至るー EE BY, EE BY GUM……!!!

……観ていて気分悪くはならなかったものの、どうやら自分は違う意味で大丈夫じゃないようです。

更生プログラムの一環として、社会奉仕活動を義務付けられた少年犯罪者たちと、引率の保護観察官。彼らがたどり着いたのは、カーナビに載っていないモートレイクという村で、住人たちはどこか怪しげ。
不審に思いながらも翌日活動を始めた中、彼らは村の若者たちとモメて、挙句監察官の1人がケガをしてしまう。助けを求める少年たちと監察官だったが、パブの店主をはじめとする村人たちに捕えられ、殺人ショーの見世物にされていく。

Inbredとは「近親交配の」という意味。劇中では明言されていないが、どうやらモートレイク(Mort Lake=『死の湖』ってまたどストレートな……)の住民たちは、かつて隔離施設に収容されていた精神異常者の近親婚で生まれた子孫たちで、現在もタガが外れまくった方向に磨きをかけて繁栄中……という「はい、倫理的にアウトーー!!!」な設定らしい。全員薄汚くて(一部はあからさまに汚くて)歯並びガバガバという見た目設定もいろいろアウトだろう。

しかし、基盤は思いっきりインモラルながら、中核となる残虐描写は、スプラッターファンからしてみるとちょっと拍子抜けするかもしれない。もちろん、普通の観点からすれば十分ムゴいのだが、「あ、あれ? 来るぞ来るぞって結構引っ張ったわりにすぐ死んじゃったけど!?」というあっさり気味に。
被害者たちが射殺や轢き逃げで村人に逆襲というところで、ずいぶんと派手に人体を破壊するサービス精神(仮)もあるのだが。

意外にあっさりな死や、ド田舎で大量殺戮系ストーリーは、ハーシェル・ゴードン・ルイス(スプラッターの始祖といわれる監督。要はスクリーンで初めて人間の内臓を出しちゃった人)の『2000人の狂人』を明らかに意識しているといえる。
そのへんを知っていると、あるいはシャンドン監督の過去の血みどろ作品がビバご都合主義で結構ワンパクだと知っていると妙に納得するところもあるのだが、事前情報なしのまっさらな状態で観ると辛口になってしまいそうだ。
このあたりは、「変態鬼畜の最新進化系」だの「殺人オリンピック」だの「殺しのハイスコア」だの「ガマン大会」だの、ちょっと本来の筋と違ってしまった宣伝の煽り文句にも責任があるんじゃないかという気もする。

そんなわけで、私個人がこの映画で「おおっ!」と感動すら覚えたのは、スプラッター描写ではなく、ブラックすぎるお笑い部分だった。この手の映画で、まさかモンティ・パイソンを意識した笑いが見られるとは思わなかった。
和気藹々としながら殺しに興じる村人たちの様相は、和気藹々とした雰囲気でタブーなやりとりをするパイソンズのごとし。また、動物虐待と、逆に過剰な(そして間違った方向性の)動物愛をおちょくるところも、パイソンズおなじみのネタ。『人生狂騒曲』を観た人なら、アレで人体がパーンとなるシーンで、テリーJが演じたデブ男クレオソートを連想するだろう。何より、見世物小屋の「裸のオルガン奏者」を見たら、第3シーズンのテリーJを思い出さずにはいられない! 

そういえば、ボツになったパイソンズのスケッチの中に、レストランでワインを飲んだと思ったらそれは×××××だったという通称「ウィー・ウィー・スケッチ」があったらしいのだが、それに近いネタもあるといえばある。シャンドン監督、実は結構なパイソニアンじゃなかろうか。

また、パイソンズを観る限り、イギリス人は自虐ネタを嬉々としてやるようだけど、舞台となったヨークシャーの皆さんはこの映画をどう思ってるんだろう?

ちなみに、シャンドン監督が過去に制作した低予算ホラー『Cradle Of Fear』の予告がこちら↓。私ひいきのバンド、クレイドル・オブ・フィルスのボーカリスト、ダニ・フィルスが主役に。念のため、流血がダメな方はご覧にならないほうが。本編を観たい方は、今のところYouTubeで検索したら出てきます。字幕はありません。
あと、BGMのクレイドルの曲も、ダニのボーカルがキャーキャーしてて、ダメな方には耳に障るかもしれません。私は初めて聴いたときから大好きですが。

2012年10月22日月曜日

ハロウィン(1978)

郊外こわい。

ハロウィン('78)
監督:ジョン・カーペンター
出演:ドナルド・プレザンス、ジェイミー・リー・カーティス



行ったこともない人間が言うのもなんだけど、アメリカの郊外は見ていて怖い。同じような中産階級の家が並んでて、学校時代に成立した階級制度(スポーツができて健康的なジョックスがトップで、オタク=ギークや黒ずくめでロック好きのゴスが肩身狭い)が、そこに住み続ける限り後の人生にずっと影響する。開放的に見えて、結構な閉鎖空間だ。
あれはあれでじわじわ怖いのに、そこに殺人鬼なんか放り込まれた日には……。

1963年、イリノイ州ハドンフィールド、ハロウィンの夜に、6歳の少年マイケル・マイヤーズが姉を殺害する事件が起きた。それから15年後、成長したマイケルは精神病院を脱走し、故郷ハドンフィールドへと戻る。マイケルの担当医ルーミスは彼を追跡するが、マイケルはすでに高校生のローリーに接近していて……。

スラッシャーホラーもののメインを張れる、なかなか死なない系殺人鬼の元祖、マイケル・マイヤーズ。いわばジェイソン・ボーヒーズやフレディ・クルーガーの先輩。ただし彼らとは違って、シリーズ化されたから何度も甦ったのではない。このパート1の時点で何度も甦っているのである。
過去のシーンを見る限り、マイケルはごく普通の典型的郊外住まい中産階級家庭に生まれたようだし、見た目はごく普通の男の子。しかし、どういうわけか、感情だの良心だの倫理だのがすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。それが証拠に、幼いころの姉殺害も、動機が何一つわからない。後のシリーズで実はマイケルの妹と判明するローリーについても、なぜそんなに殺したいのかわからない。
マイケルの心はあの白マスク(裏地がカーク船長なのはマニアなら知ってますが)そのまま、トラウマも快楽もない無表情で、限りなくブラックホールなのだ。

もともとはただの人間のはずのマイケルだったが、終盤にくると不死身の領域へ。どんなに致命傷(もしくはかなりの深手)と思われる傷を負っても、むっくり起き上がる。まるで、マスクと心の空っぽさに、怪物性が追い付いてしまったかのようだ。
ただ、厳密にいうと、マイケルは「怪物」というより「亡霊」だ。実はマイケル、殺人やヒロインとの追っかけっこに興じるよりも、ただそこいらにぬぼーーっと突っ立って、人々(その多くは後々殺される)を見つめている時間のほうが長いのである。

大いに個人的な解釈をすると、マイケルは殺人鬼である以前に、郊外で居場所をなくした亡霊だ。チアガールだったりちょっと不良な明るい子だったり彼女いる男子だったりと、日の当たるところにいる連中は、白昼だろうと夜間だろうと、マスクとツナギ姿でこちらを凝視している異様も異様な男になぜか気づかない。マジメ寄りのローリーや、いじめられっ子のトミー少年がおもにその姿を目にとめる。
郊外という閉鎖空間で、隅に追いやられがちなはみ出し者の行き場のない心の投影が、ブギーマン=マイケル・マイヤーズにも見えてしまうのである。とはいえ、そんな心の具現化に友だちをバッサバッサと殺されては、たまったもんじゃないのだけど……。

スラッシャーの先駆けとはいっても、出てくる血は申しわけ程度だし、マイケルも犠牲者メッタ切りや首ハネなどの豪快なことは何一つやってない。ただ、穏やかな日常風景(実は閉鎖的なのだが)にいつの間にか亡霊が紛れ込み、じわじわと距離を縮めてきて殺害に至るというサスペンス要素が、シンプルな物語を最大限に盛り上げている。

さらにそのサスペンスを助長させるのが、ジョン・カーペンター自身がサラリと作ってしまったこれまたシンプルな音楽。この音楽とともに流れるラストショットの郊外風景は、実にゾクッとする。
だって伝わってくるんですよ、どこかにブギーマンがいるんだって。

2012年10月14日日曜日

アイアン・スカイ

月面ナチスの大部分はオタクの夢で出来ています。

アイアン・スカイ('12)
監督:ティモ・ヴオレンソラ
出演:ユリア・ディーツェ、ゲッツ・オットー



今年のニューヨーク、マンハッタン界隈は大変だ。
ワームホールから宇宙人が襲来してくるし、そのせいで核ミサイルまで飛ばされるし。
コウモリでおなじみのあの街もマンハッタンあたりがモデルだとしたら、頑強マスク一派による核爆弾&都市孤立化事件まで起きたことになる。
で、こいつらも来ちゃったし。

終戦時に実は月へと逃亡してたナチスが、満を持して地球に攻めてきました。……それ以上でもそれ以下でもないお話。
一応、「アメリカ保守派のやってることだって実はナチスとあまり変わらないんでない?」「ある意味もっとヒドくない?」「利権が絡めば国連だって泥仕合になるよねー」などの皮肉や、アメリカ宇宙戦艦「ジョージ・W・ブッシュ」号などのブラックユーモアがちりばめてあるが、スパイス程度。メインはとにもかくにも「月からナチスがやってきたんだーーー!!!」の一点。そしてその一点をゴリ押ししたのが大変良い。だからこそスパイスもよりよく活きる。

そのゴリ押しの最たるものこそ「鋼鉄」。月面ナチスの鉤十字要塞しかり、円盤「ワルキューレ」しかり、最終兵器「神々の黄昏」号しかり、黒ずんだ鉄や歯車がむき出しで、ゴゴゴゴゴと重々しい音を発して動く。小型・薄型とはほど遠く、洗練からはもっと遠く、スケールと重量でいっぱいいっぱい。
一見、笑いをとるためにやりすぎ感で盛り上げたようだし、実際その意味もあるが、それ以上に、ムダに重厚な装備やマシンの類についガッツポーズしたくなるオタクの愛情で盛り上がっているのである。実際、この映画はWebで予告を観たファンからカンパを募って作られたのだから、月面ナチスと鋼鉄の機械はいわば映画ボンクラの結晶だ。
大統領広報官改め宇宙軍指揮官には「短小コンプレックスの表れね」と切り捨てられていたが、どちらかというと中学男子的スピリット(実際の年齢・性別不問)の表れである。

なお、機械だけでなく、音楽も鋼鉄。ナチス・全体主義的イメージで批判を浴びた(もちろん確信犯)スロヴェニアのバンド、ライバッハが担当している。鋼鉄といってもヘヴィ・メタルではなく、ノイズや機械音に彩られた重々しいインダストリアル。先述の鋼鉄要塞&飛行物体にあまりにもぴったり。
愛国歌を替え歌した「月面帝国国歌」があったり、ナチス軍ではなくアメリカを筆頭とした国連宇宙軍の攻撃時に「ワルキューレ」(『地獄の黙示録』でおなじみのアレ)のアレンジ版が流れたり、終盤の最も不毛かつ皮肉なシーンでアメリカ合衆国国家の替え歌&アレンジ版が流れるなど、表現のために批判の最前線へ突っ込んでいくライバッハらしい皮肉も。ビートルズやストーンズや『ジーザス・クライスト・スーパースター』の独自すぎるカヴァー曲をやったセンスが活きている。

そうそう、ナチス軍服のヒロインというと、女王様風格だったり、露出が高くていい感じに下品なところが魅力的なタイプによくお目にかかる(下のフェイク予告に出てくるシビル・ダニングやシェリ・ムーン・ゾンビが例)。
そこへいくと、ユリア・ディーツェ演じる本作ヒロインのレナーテは、どちらかというと可愛らしいタイプで、性格もピュア。おまけに声も可愛い。彼女だったら、ナチ軍服だろうとナチ式敬礼しようと演説ぶとうと、好感度が上がります。むしろ演説やっていただきたいものです。

ナチスついでに、タランティーノ&ロドリゲスの趣味企画・グラインドハウスのフェイク予告編でロブ・ゾンビが作った『ナチ親衛隊の狼女』ってのもありまして(リンク先日本語字幕なし)。
フェイク予告のはずが本当に本編が作られた『マチェーテ』『ホーボー・ウィズ・ショットガン』よろしく、こちらも制作が進められると思ったが、誠に残念ながら中止に。観たかったなぁ、マッド・サイエンティストなビル・モーズリィと、素敵に方向性を見失ったニコラス・ケイジのフー・マンチュー。ちなみに、『アイアン・スカイ』で月面総統だったウド・キアーもいらっしゃいます。

2012年10月12日金曜日

ウェンズデイ13/トランシルヴァニア90210

B級ホラーの友。

WEDNESDAY 13
Transylvania 90210  Songs Of Death, Dying, And The Dead('05)



ハロウィンシーズン、毎年「無いんだろうけどなぁ」と思いつつ、つい探してしまうお菓子がある。棺桶ケース入りの人骨型キャンディである。
なんでも、頭蓋骨、肋骨、大腿骨など頭から足先まで骨格がそろっているらしい。「らしい」というからには、私自身はそんなキャンディにお目にかかったことがないわけであって。特に思い出もないわけであって。
そんなものを何で探しちゃうのかというと、「キャンディの骸骨を組み立てたら、そいつが生き返って、引き出しからナイフ持ってきて『何を待ってんだよ、オレのために殺しちゃえよ』と言った」なんて素敵にホラーでチープな空想を歌にしちゃった男がいるからですよ。

お名前はウェンズデイ13。スリップノットのジョーイと組んだプロジェクト、マーダードールズが有名。昔は、フランケンシュタイン・ドラッグ・クイーンズ・フロム・プラネット13という長ーーい名前のバンドをやっていた……と、ご本人のステージネームやバンド名からして、むせ返りそうなほどB級ホラー臭が漂うお方。
もちろん曲名や歌詞もB級ホラー色豊か。M5「House By The Cemetary」とかM13「The Ghost Of Vincent Price」とか、いちいちネタが分かる人がいたら友達になりたい感じの。
中でもM7「Haunt Me」が一番直球のハロウィンソング。「ハロウィンにはホラー映画(もしくは『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』)だ! それに付き合ってくれる友達はいないけど!」な同志に発信しているように思えるのは自分だけだろうか。

B級ホラーと同じくらいウェンズデイが影響を受けたのが、元祖ショック・ロッカーことアリス・クーパー。音楽自体はキャッチーながら、クセのあるボーカルとビジュアルがポップかつ毒々しいというアリスの特色は、ウェンズデイにも当てはまる。
キャッチーなロックンロールに乗っかったB級ホラーな歌詞は、チープな血糊みたいに毒々しくも鮮やか。それを歌い上げるウェンズデイのボーカルがまた、しわがれてはいるがデス声ってほどのドスや獰猛さもなく、何とも親しみやすいモンスターのよう。「親しみやすいモンスター」って一見矛盾してるようだけど、ある程度のホラー好きって、ゾンビや殺人鬼キャラのファンだったり「可愛い」なんて形容詞を使えたりするんですよ。ホントに。

そんなノリなので、「お前なんか大っ嫌いだ、死んじまえ!」「神様なんてウソだ!」「大統領に死を!」なんて少々物騒な歌詞も、可愛げのほうが勝るうえに一緒に歌いたくなるほど。実際、'05年の来日公演ではみんな一緒に歌っていた。
でも、本国アメリカで毎年のようにやってるハロウィンライヴは、もっとハイボルテージなんだろうなぁ。羨ましい限り。

ちなみに、「I Walked With A Zombie」に使われているのは、ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』('68)の映像。ついでに、曲タイトルも『私はゾンビと歩いた!』というRKOホラーから。ロメロ以前のゾンビなので、ブードゥーとの繋がりが深く、半死人だけど腐ってもいなければ人間を喰ったりもしない。むしろ美女。だからゾンビは大して怖くないんだけど、ブードゥーの案内人の異常なギョロ目&無表情の黒人には、暗がりで遭遇したくない人No.1に急浮上するほどギョッとしましたよ。


2012年9月23日日曜日

ピラニア3D

飛び出したっていいじゃないか。バカだもの。

ピラニア3D('10)
監督:アレクサンドル・アジャ
出演:エリザベス・シュー、ヴィング・レイムス



「3Dはそういうことに使うもんじゃありませんっ!!」(大いに意訳)
と、本作を観たジェームズ・キャメロン先生がスゲェ怒ったらしい。しかし、これはさすがにやっちゃいかんだろうなと思うことをやりたくなっちゃう人は、世の中に必ずいますから。というかこの映画の場合、オリジナルである'78年のジョー・ダンテ監督作『ピラニア』に、中学生レベルのエログロ発想を心に秘めてる人ならまず考えちゃうことをいろいろ上乗せしたまでですから。
ただ、まさかアレクサンドル・アジャが、ここまで徹底して「やってはいけない3D」をやらかすとは思わなかっただけで……。

海底地震により湖の底に亀裂が入って、古代から密かに進化してきた凶暴ピラニアが出てきちゃって、若者が大はしゃぎのビーチになだれ込んだからさぁ大変……
というだけのストーリーに、程よくアタマ悪い感じのエロと、行き過ぎじゃないかってほどのグロをこれでもかこれでもかと盛り付けまくっただけの映画。しかし、監督自身がこの手の映画が好きで、非常に分かってらっしゃる方だということは、キャスティングの上手さや小ネタの行き届き具合からしっかりにじみ出ている。

そもそも、ピラニアの第一犠牲者になるおじいさんに、オリジナルの『ピラニア』のそのまたオリジナルである『ジョーズ』のリチャード・ドレイファスを持ってくるというマニア心を刺激するネタでニヤリ。第一犠牲者なのに、肝心の襲ってくるピラニアがとってもチープなCGという狙い澄ました扱いの悪さも、この手の映画に付き物のアホさ加減を漂わせている。
古代魚の専門家というより偏屈なオタク爺さんクリストファー・ロイドと、保安官エリザベス・シューで、『バック・トゥ・ザ・フューチャー2&3』のドクとジェニファー再顔合わせネタも嬉しいところ。

そんなアホや小ネタよりも重要なメインイベント、エロ。それも3Dでやるからには、最重要事項はアレだろう!! ってことに違いない、ダイナミックおっぱいの数々(立体感っていうよりはダイナミズムかも。自分で言っておきながら何の解説なんだか)。
水着だけじゃなく、ノーブラのTシャツの女の子にホースやウォーターガンで水をぶっかける「濡れ濡れTシャツコンテスト」なるイベントがあるのが、なかなかいい感じにバカ。
それ以外にも、ポルノ女優2人の水中全裸レズシーンをムダに長回しとか、女体テキーラ飲みシーンをどアップでとか、3Dとエロときて考えついたことをひたすら実践したような演出が。

ただし、女体テキーラのシーンでは、船酔いしちゃった女の子がデッキから吐いてしまい、飛び出すエロが一転飛び出すゲロに。血しぶきとはまた違うベクトルで、観客をのけぞらせた確信犯的悪趣味である。

しかし、もう1つのメインイベントたるビーチでの血の惨劇は、犠牲者が生きていようと死んでいようと喰われた痕が生々しく痛々しく、冒頭の安い死にざまは何だったのってぐらい容赦ない。さらには、ボートで逃げようとした人がまだ水の中にいる人々を轢き逃げしたり、高台や船が人員オーバーで転覆したりといった二次災害も発生し、追い詰められた人間のエグさがわかる。血みどろでイヤな死に方ときて考えついたことをひたすら実践した、人体徹底破壊ショーである。あまりに過剰すぎて、見る人によっては笑えるレベルだ。

ただ、犠牲になる奴らが、水着でキャッキャ遊んでイチャついて、人の忠告をまったく聞かない若者という伝統的スプラッターホラー死んでよし要員なのは幸い。何ていうか、ざまぁみろ的カタルシスが生まれますし。
また、女の子が喰われたあとに豊胸用シリコンが漂ってるとか、食いちぎられた×××をピラニアが食ってすぐペッしちゃうとか、倫理的には笑ってはいけないのだろうが笑わずにはいられないバカ演出までご健在。
なお、犠牲者の1人が遺した最期の一言「濡れ濡れTシャツ……見た…かっ…た……(ガクッ)」は、この際映画史上に残る名断末魔として刻んでいただきたい。

これで続編『ピラニア リターンズ』が、キャメロン先生の『殺人魚フライングキラー』の黒歴史を容赦なくえぐってピラニアをガンガン飛ばしてくれたら言うことはなかったのだが、残念ながらアジャ監督を欠いた『リターンズ』はそこまでメーターを振り切れず、何とも中途半端な出来に。
エロにしろグロにしろゲロにしろ、バカをやるなら徹底的にやれということは、モンティ・パイソンの時代からの教訓なのですね。

2012年9月21日金曜日

マイティ・ソー

すべては「まぁ、神様だから」ってことで。

マイティ・ソー('11)
監督:ケネス・ブラナー
出演:クリス・ヘムズワーズ、ナタリー・ポートマン



複数の神々がでてくる神話において、神様の仕事とは、人間たちを助けたり見守ったりすることよりも、人間たちに迷惑をかけることらしい。しかも、言い切っちゃえば家庭内不和とか恋愛トラブルとか、限りなく個人的な問題で。その傾向は、舞台が現代に代わってもあまり変わらないらしく……。

神々の国アスガルドで、最強の武器ムジョルニアを操る戦士にして王位継承者として育ったソーは、傲慢な性格から、アスガルドと協定を結んでいた氷の巨人との争いを引き起こしてしまう。父であり主神であるオーディンは、罰としてソーの力を奪い、ミッドガルド=地球へ追放した。
地球に落ちてきたソーは天文学者のジェーンと出会い、彼女との交流から謙虚さと優しさを学んでいく。しかし、その頃アスガルドでは、ソーの弟ロキの企みが進行していた。

力を奪われ追放された傲慢な神……というよりも、調子こいて悪ノリしちゃったせいでお父さんに家追い出された、態度はデカいけど人懐っこくて憎めない兄ちゃんなソー。
単に考えるより行動タイプなだけで、基本的には人が良くて素直なので、怒られたらすんなり聞き入れるし、傷つくとたちまちシュンとしてしまう。そのため、良くいえばストーリーがスムースに進むことになり、悪くいえばちょっとあっさりしすぎじゃないかと思うところも。神様のお家騒動で人間大迷惑ってわりには、被害が及んだのはニューメキシコの小さな町だけだったし(むしろ巨人の国ヨトゥンハイムの被害のほうが甚大)。

ついでに、パワーを失ったとはいっても、人間界のソーは一般人よりはるかに戦闘能力が高い。ムジョルニアを手にできないのは確かに神様たるアイデンティティの危機だが、そのぶんの精神的フォローをしてくれる優しい人々に囲まれている。
境遇のわりに悲壮感がほとんどないのだが、近年悩みをこじらせまくっているヒーローは多いことだし、たまにはそんなに深く悩まないヒーローでもいいよ、と個人的な希望を入れておく。

そんな兄貴の代わりに、悲壮感を一手に背負ってしまったのがロキ。シェイクスピア劇出身のケネス・ブラナーが「古典悲劇的要素は頼んだ!」と全力パスしたボールを、シェイクスピア劇で頭角を現してきた後輩トム・ヒドルストンが「任せてください!」とナイスキャッチしたんじゃないかってぐらい。
一応ソーに対する敵役であり、ストーリーの続きとなる『アベンジャーズ』でもヒーローチームに対する悪役だが、背景がやたらシェイクスピア悲劇的な暗さで覆われてしまったためか、実に人間的なコンプレックスだらけのキャラクター。しかも、ソーと違って理解者や友達に恵まれていなさそう。
ヒーローと対立するにはあまりにもミニマルな動機と悲壮感は、悪としてもかなりグレーゾーンで、うっかりすると親近感の域に入る。

なお、ロキは言葉を操って相手を誘導するのが上手いので、言っていることは常に虚実が入り乱れているのだが、終盤ソーとの直接戦でもれた一言がロキの本音だとしたら、哀しさに拍車がかかる。DVD収録の削除されたあるシーンでの一言も本音だとしたら、なおさら哀しい。

「いやそんな中学生の反抗期みたいな動機でこんだけ被害を出すんかい!!」
「要はアンタの教育がなってないからこういうことになったんじゃないですかっ!?」
とオーディンにクレームを寄せてもいい気もするが、何せアンソニー・ホプキンス。
彼に物申すのは、怖いもの知らずのトニー・スタークか、ニック・フューリーこと説教叔父貴サミュエル・L・ジャクソンにお任せしたい。

ちなみに、この作品も一応『アベンジャーズ』への布石なので、S.H.I.E.L.D.とかエージェントのコールソンとかしまいにはもちろんニック・フューリーが登場する。ノンクレジットながらホークアイことジェレミー・レナーも出ている。さらに「知り合いのガンマ線研究者」「またスタークのか?」など、口頭だけながらほかのヒーローに触れるところも。あと、マーベル映画のお約束「スタン・リーをさがせ!」も……。

2013年末には続編『Thor : The Dark World』が公開予定。本作ではニューメキシコの一部とヨトゥンハイム、『アベンジャーズ』ではS.H.I.E.L.D.本部とニューヨークに甚大な被害をもたらした世界規模の兄弟ゲンカ、果たして第3ラウンドではどこが迷惑を被るのか楽しみ……といってはいけないだろうか。

2012年9月18日火曜日

最強のふたり

泣かせてやらない。

最強のふたり('11)
監督:エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
出演:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー



「感動!!」「全米が泣いた!!」と謳われるほど冷める。
試写会で涙する観客の映像が流れるCM見るほど冷める。
果ては映画本編を観ても、泣かせどころにくると逆に冷める。
私が天の邪鬼または鋼鉄の涙腺なだけかもしれないが、演出する側/演じる側が「はいここ感動ですよ!!!」って無理やり涙腺を刺激しようとしてるように見えて仕方ない。泣けるほど映画の価値が高まるわけではないことは、映画ファンほど熟知していると思うのだけれど、果たして制作側/宣伝側に伝わっているのかな。
涙腺を刺激することよりも、琴線に触れることが大事だろうにね。

事故で首から下が麻痺した大富豪フィリップと、スラム街の黒人青年ドリスは、フィリップの介護者面接で出会った。ドリスは介護経験もなく、3件の不採用証明があれば失業手当がもらえるからと、証明書を受け取るためだけに来ていたのだが、同情のない態度がかえってフィリップに気に入られ採用に。
生活の境遇も趣味も正反対の2人だが、ブラックユーモアと皮肉を込めたやり取りは妙に上手いこと噛み合い、互いの存在が刺激になって人生に新しい楽しみを見出していく。

正反対の人間同士が出会う→ギャップにとまどいながらも友情が生まれる→そこへ新たな壁が……という人間ドラマの王道を一応通っている本作。
王道からズレるポイントは、2人のぶつかり合いがほとんどないこと、立ち向かう障壁が大きく描かれてないこと、そして普通なら感動の場面にするところで笑わせようとしていることだ。

音楽や絵画などの趣味嗜好の会話はあまり噛み合っていないうえ、ドリスはフィリップの障害を、フィリップはドリスの介護スキルのダメさ加減をギャグにする。そこにお互いムキになるのではなく、さらにヒネた笑いで返すという、ひねくれ同士のキャッチボールが実に軽妙。ストーリーが進むにつれて、2人が互いに感化し合い、周りの人々も2人に感化されていく様子が分かるあたりが、さらにユーモラスである。
そんな風に自然に相棒になっていった間柄だからか、どことなく気持ちの通じ合うところは見せても、あからさまに「団結!」というところは見せない。少々思い切った冒険に出るときも、つらさや哀しさを打ち明けるとき/察するときも、盛り上がりすぎず自然な流れだ。

しかし、ときには「感動して泣けると思ったでしょ? 残念ながら笑い入ります!」と、流れを思わぬ方向に変えてしまう瞬間も。この一筋縄ではいかないノリは、フィリップとドリスのヒネたユーモア感覚と通じるものがある。
だが本当にヒネているのは、この感動させない演出が、かえってその前後のシーンをぐっとこさせる効果を高めているということ。「ここで感動ですよ!!」といわれると冷める人には、「ここ感動するとこじゃないよ!!」とアピールしてみる天の邪鬼方式なのか……。実際、結構効果てきめんでしたけど。

意外にどストレートで来たかと思ったら、するりと涙腺をかわす変化球になり、かと思えばまたストレートに琴線にかなりの一撃を入れる。
王道とヒネりを懐の深いユーモアでくるんだ本作は、劇場で大勢の観客と一緒に観たほうが、暖かさもひとしおではないかと思わされた。

2012年9月13日木曜日

キャンディマン

一緒に居てあげて。

キャンディマン('93)
監督:バーナード・ローズ
出演:ヴァージニア・マドセン、トニー・トッド



「ヒロインvs殺人鬼」は、ホラー映画鉄板の構造。たいていは、ヒロインが殺人鬼から逃げきったり、返り討ちにすることが望ましい。
そんな中、数少ない例外といえるのが、この映画である。

鏡の前で5回名前を唱えると現れる、右手にフックを付けた男「キャンディマン」
都市伝説に関する論文を作成する大学院生ヘレンは、キャンディマンの噂の発生元の1つとなった団地を調べていた。その最中、ヘレンが面白半分に鏡の前でキャンディマンの名を唱えてしまったがために、キャンディマンが彼女の前に現れ、犠牲者も出てしまう。
事件は傍から見ればヘレンの犯行にしか見えず、彼女は味方を失い孤立していく。

一見して怖い/ヤバい感丸出しのジェイソンやフレディやマイケルら有名どころのホラーアイコンズとちがって、右手の生々しい切断痕とフックを除けば、古風なロングコートをまとった長身黒人青年にすぎないキャンディマン。
現れたからには犠牲者が出るものの、セックスしたりドラッグやったりする奴をメッタ殺しするわけでもなければ、お気に入りの子を楽しそうにねちねち追い詰めているわけでもない(ヘレンについては結果的に追い詰めているが)。
演じるトニー・トッドの顔立ちとディープボイスも相まって、ホラー界屈指の気品に溢れたアイコンである。

キャンディマンが多くのホラーアイコンと一線を画するのは、都市伝説として語り継がれなけば、自分は無になってしまうと知っているところだ。
この設定は、子どもたちの恐怖がなければ活動できないという『フレディvsジェイソン』のフレディと似ているが、キャンディマンにはフレディのような快楽性やブラックユーモアがなく、むしろときどき哀しささえうかがえる。あくまで自分の存在のために、義務的に殺戮を行っているとでもいうようだ。

そんなキャンディマンが唯一執着を見せたヒロイン、ヘレン。もちろん、自身の存在が「過去に起きた恐ろしい事件と、悪質な不良の蛮行に基づくただの噂」と論じられてしまってはたまったものではないから出てきたのだろうが、それ以上に、あまりにも悲惨な彼の過去によるところが大きい。そのへんを知るにつれ、無責任ながらヘレンに「そこは逃げないであげて!!」と言いたくなってしまうこともしばしば。
そうなると、気になるのがあのラスト。あれはやっぱりバッドエンドなのだろうか。それとも誰かにとってのハッピーエンドなのだろうか……。

あからさまなゴア描写がなく、ラストに向けてのカタルシスもさほど強くはないので、スプラッター/殺人鬼ものホラーとしてはやや物足りない。その代わり、誰からも理解されずに孤立していく怖さや、都市伝説を生み出す結果となる群衆の行動の怖さ、そして全編に漂う物悲しさは、キャンディマンの傷口のように生々しく、じわじわと響いてくる作品である。


↓物悲しさの最たる貢献者であるテーマ曲(音声のみ)

2012年9月3日月曜日

アベンジャーズ

本当に、これが映画だ。

アベンジャーズ('12)
監督:ジョス・ウェドン
出演:ロバート・ダウニー・Jr.、クリス・エヴァンス



ヒーロー大集合、世界の危機、敵とも味方ともスケールでっかくバトル、ガジェット使います、スーパーパワー使います、常人離れした身体能力も駆使します、ユーモアとロマンスを効かせることも忘れません……。

文字に起こすとベタ度が増すが、でっかいスクリーンと最高の音響で観るという映画の醍醐味をひたすらに乗せると、こういうことになるように思える。
日本だけじゃなくて、世界に向けて「これぞ映画だ!」って言っちゃってもいいんじゃないか?

国際平和維持組織S.H.I.E.L.D.が保管する四次元キューブを奪い去り、異世界の扉を開けて地球侵略を目論むアスガルドの神ロキ。世界の危機を阻止すべく、S.H.I.E.L.D.長官ニック・フューリーは、アイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソー、ハルク、そしてS.H.I.E.L.D.エージェントのホークアイとブラック・ウィドウらヒーローを集結させた「アベンジャーズ計画」を発動する。
しかし、ホークアイは洗脳でロキの支配下にあり、ヒーローたちも強いエゴと不信感のため、チームは簡単にはまとまらず……。

ざっくりいえば「ヒーロー大集合祭り」がメインテーマの本作。当然、全員に活躍の場を与えなくては不満が残るというもの。
こういうとき、特殊能力組はわりと心配いらない。ソーはムジョルニアと雷を操るパワーを見せつけられるし、『マイティ・ソー』のころに比べれば、分別も身につき安定感のある存在に。
ハルクは大暴れするだけじゃなく、変身の瞬間の緊迫感や、バナー博士としての日頃の苦悩も描ける。ノーマルな状態の天才科学者ぶりも、わりと長めに見ていられる。
アイアンマンは特殊能力とはちょっと違うが、パワードスーツのカッコよさと頭脳とユーモアが特殊といえば特殊。そのくせ協調性がないあたり、一番「成長するヒーロー」として描きやすいキャラクターだ。

一方、影が薄くならないか心配だったのが常人組(といっても人並み以上の身体能力あり)だが、蓋を開けてみれば心配値を軽く上回る活躍。下手な人が描けば魅力が「紅一点」ばかりになりがちなブラック・ウィドウは、涼しい顔して無茶にもほどがあるアクロバティックな戦いぶり。
ホークアイの一見地味な弓技も、クライマックスに向かうにつれて思いがけぬ大活躍を見せ、初っ端に洗脳で敵陣に回ってしまったぶんを軽く取り返していた。

一番予想以上にいい描かれ方だったのが、キャプテン・アメリカ。「超人ソルジャー」がキャッチフレーズだが、スポットが当たっていたのは「超人」よりも「ソルジャー」としての側面
いざというときには進んでチームの指揮を執り、居合わせた警察官にも的確な指示を出し、巻き込まれた民間人を助けることを忘れない。キャップの強みは、真面目さと正義感と軍人としての経験であることを再確認させられる。

そして、彼らと違って戦いの表舞台にはなかなか出てこないが、司令官ニック・フューリーの冷徹な態度とヒーローへの信頼感も、埋没することなく存在を示している。
『アイアンマン』シリーズ、『マイティ・ソー』に登場し『アベンジャーズ』への布石を敷いてきたエージェントのコールソンは、今まであまり見せなかったヒーロー愛を今回ばかりは隠さず。影どころか堂々たる功労者としてヒーローたちを支えた。その功労者にアレはなかろうという気もするけれど。
ただただお祭り要素を乗せまくるだけじゃなく、それぞれの魅せるポイントをしっかり押さえて描く。エピソードを詰め込みすぎず、テンポの早い流れにしたのも、この場合ポイントが高い。監督ジョス・ウェドンの完璧な仕事ぶり、あるいはオタクぶりに感謝である。

そうそう、ヒーローを引き立てる悪役として、ロキの貢献を忘れちゃいけません。
これだけヒーローが集結したら、悪役は宇宙から襲来したエイリアンクラスのやつかと思ったら(それも間違いではなかったが)、トリックスターの神だった。
確かに『マイティ・ソー』からソーと義兄弟にして愛憎半ばする敵ではあったが、その動機は「親に認められたい」「兄の陰に隠れっぱなしだからちょっと仕返ししたい」「少しは兄と対等になりたい」と、極めてネガティヴでコンプレックスに溢れていてミニマル。紹介文ではしょっちゅう「邪神」といわれているが、邪悪どころか、ソーの豪快さとお人良しぶりとはまた違った親近感が湧いてくる神である。

今回は地球侵略という大規模な陰謀に打って出た……と思ったら、根本は相変わらず「兄への対抗と仕返し」というミニマルさ。このスケールの小ささが、世界を壊滅の危機に晒しておきながら、ロキを憎めないキャラクターにしている所以。また、発想が単純なようでいてときに予測不能な行動に出る駄々っ子は、実は結構な脅威であることを知らしめてもいる。

一応神なので「死んで終わり」という最期もなかなかつけられないし、『マイティ・ソー』の続編にも演じるトム・ヒドルストンの名がクレジットされているらしいロキ。あれだけ悲惨な(そして笑える)目に遭ったにもかかわらず、反省しているのかいないのか微妙なところだったので、彼のはた大迷惑な反抗期は、まだ続きそうな気がする。

もちろん、アベンジャーズもまだ続く見込み。観ていれば分かることだが、すでに次の悪役がセッティング済みである。スタートダッシュは上々も上々だったマーベルヒーローチーム、次の課題は「続編にありがちな中だるみをいかにして避けるか?」のようだ。

2012年8月31日金曜日

ザ・コンヴェント/ゾンビキング/処刑山 デッド・スノウ

残暑だ! ゾンビだ!! ボンクラだ!!!


暑いときには怖い話……とはいうものの、自分の体験だけでいうと、ホラーのびっくらかし演出にかえって手に汗握っちゃって、あまり背筋が凍ってくれなかったりすることが多い。あと、希望をいえば、話があんまり重苦しいと観終わったあとダウナーになっちゃうので、多少のスッキリした感はほしい。
じゃ、半分ぐらいダレながらまったり観れるおバカ系(褒め言葉)なホラーならいいんじゃね? 
そんな単純な連想のもと、残暑のお供として、個人的に選定した「3大バカゾンビ映画」をまとめて紹介させていただきたい。

ザ・コンヴェント('00)

監督:マイク・メンデス
出演:エイドリアン・バーボー、ジョアンナ・カントン



40年前、クリスティーンという少女が神父と尼僧を皆殺しにし、火を放ったといういわくつきの修道院。そこに肝試し感覚でやってきたクラリッサら学生たちだが、同じころ忍び込んでいた悪魔崇拝者の若者たちが儀式によって死霊を復活させてしまう。
仲間たちが次々と取り憑かれ、弟も捕らわれたクラリッサは、今も修道院の近くに居を構えるクリスティーンに助けを求めにいく。

咥えタバコに酒フラスコの不良女子高生が礼拝堂に殴り込み、バットで尼僧をなぎ倒し、マシンガンを連射し、放火。緊迫のシーンのはずだが、BGMの「You Don't Own Me」のおかげで実にユルいテンションのオープニング。この時点で「ああ、この作品アホなんだ」と気づかされる。
その後出てくる若者たちも、不良ゴス少女、いじめっ子ジョックス、チアリーダー、セックスしか頭にないアホ男、なんちゃって悪魔主義者など、鉄板の犠牲者布陣。
後半活躍する、現在不良おばさんのクリスティーンを演じるのは、ジョン・カーペンター監督夫人のエイドリアン・バーボー。かつてカーペンターのホラー映画『ザ・フォッグ』で活躍するヒロインを演じた彼女に、また戦うヒロインをやってもらいたい……という監督の夢の投影なのだろうか。死霊相手に戦いを挑むわりに、武器がほとんど銃器・火薬頼みなのはご愛嬌。

そうそう、実は『悪魔のいけにえ2』のチョップトップことビル・モーズリィも警官役でちらっと登場する。そこにいるだけで「こいつロクな警官じゃないな」と思わせるオーラはにじみ出ているものの、本当に「そこにいるだけ」だったのはちょっと残念。

ちなみに、パッケージに「ゾンビ、走る。」(注:尼僧と書いてゾンビと読む)と書いてはあるが、、サブタイトルに「死・霊・復・活」とある通り正確には死霊。取り憑かれると、なぜか顔面蛍光ペイント、血が蛍光ピンクになり、早送りロボットダンスのようなカクカクした動きになる、愉快で華やかな死霊。そして最終的には、男女を問わず尼僧の格好になる。つまり、これは尼僧ゾンビではなく、死霊の尼僧コスプレなのだ! 
……どっちもイヤか。



ゾンビキング('03)

監督:ステイシー・ケイス
出演:ジュールス・デローム、ジェニファー・トーム



なぜか近未来。人気No.1ヒーローレスラー(覆面)のユリシーズは、恋人(覆面レスラー)のメルセデスとその弟(覆面レスラー)ブルーセインツと海辺の家で再会し、自分の弟子でもあった一匹狼レスラー(覆面)・ティキの試合を観に行く。
試合はゾンビと戦うという触れ込みであったが、実態はティキが自分で飼いならしたゾンビを利用した八百長試合。しかし、その最中、屋外で人がゾンビに食い殺される事件が発生し、ティキの飼いゾンビに容疑がかかる。
ティキの無実を証明するべく、事件解決に乗り出したユリシーズは、まもなく事件の背後に悪役レスラー(覆面)・ゾンビキングの存在をつきとめる。

たぶん監督さんは、「元WWEやWWFのプロレスラーさんたちを集めてゾンビ映画を撮りたいっ!」って、なんか思い立っちゃったんだろう。
で、ゾンビ映画のルールよりも、プロレスのルールを優先したんだろう。
だから覆面レスラーは絶対マスクとらないし、マスク取られたら負けだし、ヒーローレスラーは問答無用で尊敬されるしモテるし警察に信用される。
もちろん見どころはすべてレスラー同士のプロレスバトル(ケガしない程度の技)。
一応、ゾンビとも素手で戦うんだけど、「ゾンビか! よし、首を落としてしまえばOKだ!!」とばかりに、マネキン……もといゾンビの頭をちぎっては投げちぎっては投げで、人間相手よりはるかに余裕の勝利。
ちなみに、この世界のゾンビたちは、洗脳さえ解いてしまえば(解き方もかなりアレだが)人を襲わない無害な存在になるので、すべてが一件落着したら、一緒にパーティーまでできちゃう間柄。

まぁ、ツッコミどころには事欠かない一本なんだけど、とりあえず、初っ端にでかでかと表示される「George A Romero Presents」にだけは「嘘つけーーーーーーーっ!!!」と叫んどこう。


処刑山 デッド・スノウ('10)

監督:トミー・ウィルコラ
出演:ヴェガール・ホール、ビョルン・スンクエスト



バカンスを楽しみに雪山へやってきた医学生グループ。実はその山は、蛮行と残虐さで知られたナチスの一団、ヘルツォーク大佐率いるアインザッツ部隊が、奪った財宝を手に終戦後隠れ住んでいた地だった。
その財宝を医学生たちが偶然山荘で発見し、手に取ってしまったがために、ナチス兵士の冷凍ゾンビが次々と復活、襲撃をかけてくる。

雪山を逃げ降りる女と、彼女を何かが追うオープニング。これまた緊迫のはずなのに、BGMが「山の魔王の宮殿にて」というベタさ加減に、『ザ・コンヴェント』と同じアホの匂いがする。
一応、血しぶきと臓物がふんだんに出てくるので、グロテスク度は3つの中で一番なのだが、臓物の手造り感と鮮やかすぎる画面からは自主制作臭さがぷんぷん漂ってくる。酸素の薄い雪山撮影だから、人間キャストのみならずゾンビキャストまで、あからさまに肩で息してるし。

何やら権利の都合なのか、日本版パッケージでは「ゾンビ」表記ではなく「ゾムビ」になっている。確かに、ただ疾走するだけではなく、陣形も組めるしグーで殴ってくるし、マウントポジション攻撃できるし、ナイフや双眼鏡などのツールも使いこなすし、軍人としての上下関係も活きてるし、あんまり人喰わないし、しかも一応喋れるみたいだし、明らかに従来のゾンビではないから百歩譲って「ゾムビ」でもいいのかもしれない?

「不死身の軍人vs一般人」の構図なので人間が圧倒的に不利なのだが、医学生らしく傷口を自力で縫い合わせたり、チェーンソーとハンマーで突撃したり、スノーモービルでゾムビを轢き逃げしたり、意外と健闘している。それでも両者いろいろ犠牲が出るあたり、ナチゾムビも若者たちもそこそこボンクラ。
ちなみに、パッケージのキャッチコピーは「海に行けばよかった……」。作中でも同じセリフが、しかも仲間が1人目の前で死んだ直後に出てくるのだが……そういう問題なのかよ。
海に行ったら行ったで、ヴァイキングゾムビ(?)が出てくるかもしれないじゃないかよ。



どうしたって好き嫌いが分かれる映画作品の中でも、ひときわ好きと嫌いの格差が激しくなりそうな3本。B級上等、多少のアラも上等、そしてゾンビ万歳、ボンクラ万歳!! な方にはぜひお勧めしたいのですが……そういう方に出会うのもなかなか難しいもんです。