2011年9月14日水曜日

羊たちの沈黙

エンターテインメント、ごちそうさまでした。

羊たちの沈黙('91)
監督:ジョナサン・デミ
出演:ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス



ノーカントリー』のシガー然り、『冷たい熱帯魚』の村田然り、優れた悪役は、居るだけで怖い。そのくせ、目を離すことができない魅力がある。
人を食い、俗物とみなした相手には人を食った(それでいて知的な)応答でかえし、振り返ってみれば他のキャラクターの存在感まで食っていた本作の御仁が、そうした悪役の代表格に挙がることに疑問は湧かない。本来相当な猟奇性とインパクトを持つはずのバッファロー・ビルさえ、完全に食われている。
御仁にあってビルにないのは、底しれぬ知性と、その心理の大いなる謎。性質の悪いことに、それが御仁の最大の魅力なのだ。

女性を誘拐・殺害し、死体の皮の一部を剥ぐ「バッファロー・ビル」事件捜査のため、FBIは訓練生クラリス・スターリングを、精神科医にして殺人鬼のハンニバル・レクター博士のもとへ送りこむ。レクター博士は、クラリスにバッファロー・ビルの正体についてヒントを与えるが、見返りに彼女の過去の話を求める。

実は、ストーリーには大作映画的なご都合主義展開が多く見られる。そんな無茶な、と思わせるシーンもある。ストーリーを牽引したのはプロットというより、俳優の力によるところが大きかった。もしくは、時に緊張感を高め、時に言葉を使わずしてすべてを物語る撮影技術か。
このノリが何に一番近いかといえば、同じサイコ・サスペンスに分類される『セブン』よりも、多少ムチャクチャでもド派手にやればOKな、シュワちゃんやセガール系のアクション映画のように思える。

物語の核となるのは、レクター博士とクラリスの関係である。駆け引き面でいえば最初から圧倒的にレクター優位なので、心理的攻防戦などのスリルはない。代わりに、クラリスの目線でレクターを見るにつけ、自身の理解の範疇を超えた知性と狂気に直面するスリルは、いくらでも味わうことができる。画面いっぱいにアップになったレクターの顔は、「人を魅了する悪」の具現化だ。アンソニー・ホプキンスのきれいな青い瞳が、もっとも畏怖の対象になった瞬間でもある。
しかし、2人の間に漂う緊張感は、レクターへの畏怖だけで構成されるものはない。そうでなければ、1度指先が触れあっただけのシーンで鳥肌が立つだろうか?

ちなみに、御仁の心理の大いなる謎は、後の『ハンニバル』『ハンニバル・ライジング』でトマス・ハリスが明かしてくれた。ハリスには申し訳ないけど、御仁の謎は羊たちと一緒に沈黙させておいたほうが魅力的なように思えた。

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