2011年9月16日金曜日

パイレーツ・ロック

バカに「ロックンロール」は最高の褒め言葉。

パイレーツ・ロック('09)
監督:リチャード・カーティス
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、ビル・ナイ



ビル・ナイがキャプテンを務める船といえば? 
……フライング・ダッチマン号? まぁ、それも正解。CGでタコ、もといデイヴィ・ジョーンズになってるから、誰だかわかんないけど。(『パイレーツ・オブ・カリビアン』参照)
それじゃ、ビル・ナイがキャプテンで、フライング・ダッチマン号よりもジャック・スパロウよりもロックな船って知ってます?

答えは、イギリス領海外に停泊中の海賊ラジオ局、「ラジオ・ロック」。
物語の主人公は、高校を退学になった少年カール。彼は、母親の旧友であり名付け親でありラジオ・ロック経営者であるクエンティンに預けられ、ラジオ・ロックの船内で暮らすことになる。
ラジオ・ロックで共に生活するのは、個性的なDJと個性的なクルーたち。自由を愛するアメリカ人のザ・カウント、長らくイギリスを離れていた伝説のDJギャヴィン、お人よしのサイモン、皮肉屋のデイヴ……。ロックと、バカなゲームややり取りに心血を注ぐ非日常的日常に、カールは戸惑いながらも溶けこんでいく。
しかし、その頃陸上では、政府が海賊ラジオ局が風紀を乱しているとして目の敵にし、取り締まりの法案を着々と進めていた。

ラジオ・ロックは架空の放送局だが、1966年のイギリスに海賊ラジオ局が存在していたのは事実。当時、イギリスのラジオは国営放送BBCのみ、しかも1日にたった45分しかポップ、ロックを流すことができなかった。ロックがぎっしり詰まったiPodをペースメーカーとする人間にとっては、禁断症状や発作が起きそうな環境である。
そこで誕生したのが、法律が適用されないイギリス領海外に船を停泊させ、そこから電波を飛ばして24時間ポップ、ロックを放送し続ける海賊ラジオ局。当時、イギリスの人口の実に半数以上が、海賊放送を聴いていたそうだ。

ロックの需要のためとはいえ、領海外に船を出し、政府を敵に回すこと自体、バカみたいに映るかもしれない。
船上の生活も、娯楽のためにバカをやるだけでなく、信念(それも客観的に見れば、時にどうでもいいものかもしれない)のためにバカをやるとなると、もはや大バカもいいところである。
ラジオ・ロックのメンバーをそこまで駆り立てたのは、ロックへの渇望である。イギリス人口の半分に至るリスナーだけでなく、彼ら自身がロックと、ロックに生きることを求めているのだ。放送に情熱を注ぎ、権力者を挑発し、悪ふざけや女遊びに興じるDJたちの姿は、古典的なロックスターそのものである。
クライマックスの「ロックンロール!!」の雄叫びは、すべての愛すべきロックバカへの、最大級の賛辞なのだ。

60年代が舞台なので、サントラもザ・キンクス、ローリング・ストーンズ、クリーム、ザ・フーなど、当時のロックの名曲が名を連ねる。いずれも普遍の名曲なので、「懐かしの曲」「古い曲」といった印象がないのは当然のこと、「最高に幸せな瞬間にも辛い瞬間にも寄り添ってくれる音楽」という描き方が、ベタながら音楽好きには時代を超えて通じるものがある。

2011年9月14日水曜日

羊たちの沈黙

エンターテインメント、ごちそうさまでした。

羊たちの沈黙('91)
監督:ジョナサン・デミ
出演:ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス



ノーカントリー』のシガー然り、『冷たい熱帯魚』の村田然り、優れた悪役は、居るだけで怖い。そのくせ、目を離すことができない魅力がある。
人を食い、俗物とみなした相手には人を食った(それでいて知的な)応答でかえし、振り返ってみれば他のキャラクターの存在感まで食っていた本作の御仁が、そうした悪役の代表格に挙がることに疑問は湧かない。本来相当な猟奇性とインパクトを持つはずのバッファロー・ビルさえ、完全に食われている。
御仁にあってビルにないのは、底しれぬ知性と、その心理の大いなる謎。性質の悪いことに、それが御仁の最大の魅力なのだ。

女性を誘拐・殺害し、死体の皮の一部を剥ぐ「バッファロー・ビル」事件捜査のため、FBIは訓練生クラリス・スターリングを、精神科医にして殺人鬼のハンニバル・レクター博士のもとへ送りこむ。レクター博士は、クラリスにバッファロー・ビルの正体についてヒントを与えるが、見返りに彼女の過去の話を求める。

実は、ストーリーには大作映画的なご都合主義展開が多く見られる。そんな無茶な、と思わせるシーンもある。ストーリーを牽引したのはプロットというより、俳優の力によるところが大きかった。もしくは、時に緊張感を高め、時に言葉を使わずしてすべてを物語る撮影技術か。
このノリが何に一番近いかといえば、同じサイコ・サスペンスに分類される『セブン』よりも、多少ムチャクチャでもド派手にやればOKな、シュワちゃんやセガール系のアクション映画のように思える。

物語の核となるのは、レクター博士とクラリスの関係である。駆け引き面でいえば最初から圧倒的にレクター優位なので、心理的攻防戦などのスリルはない。
代わりに、クラリスの目線でレクターを見るにつけ、自身の理解の範疇を超えた知性と狂気に直面するスリルは、いくらでも味わうことができる。画面いっぱいにアップになったレクターの顔は、「人を魅了する悪」の具現化だ。アンソニー・ホプキンスのきれいな青い瞳が、もっとも畏怖の対象になった瞬間でもある。
しかし、2人の間に漂う緊張感は、レクターへの畏怖だけで構成されるものはない。そうでなければ、1度指先が触れあっただけのシーンで鳥肌が立つだろうか?

ちなみに、御仁の心理の大いなる謎は、後の『ハンニバル』『ハンニバル・ライジング』でトマス・ハリスが明かしてくれた。ハリスには申し訳ないけど、御仁の謎は羊たちと一緒に沈黙させておいたほうが魅力的なように思えた。

2011年9月12日月曜日

ザ・シスターズ・オブ・マーシー

スモークの闇からこんばんは。

THE SISTERS OF MERCY
Original Album Series('10年)









このバンドは暗黒にお住まいである。
ボーカリストのアンドリュー・エルドリッチは、アルバムごとにメンバーをクビにしたりメンバーに愛想をつかされたりで唯一のオリジナルメンバーになったという経歴からして、平和的なお方じゃない。
ネットで拝見した近年のお姿は、スキンヘッドのせいか昔の写真より怖さ10割増。
どちらかといえばラヴ&ピースな空間のフジ・ロックに、なぜ彼らは呼ばれたのか。答えは主催者の日高さんのみぞ知る。
しかし今となっては、この機会にザ・シスターズ・オブ・マーシーに出会えたことに感謝している。

エルドリッチは「ゴシックロック(ゴス)」という称号を嫌っていたらしいが、シスターズは「ゴスの重鎮」として紹介されている。乱暴に言いきってしまえば、ゴスの特色は黒ずくめファッション、ダークな歌詞、ダークなメロディであり、シスターズもそれらを満たしている。
しかし、1st『First And Last And Always』から、シスターズはダークなのを通り越して重苦しい。
2nd『Floodland』は女性ボーカルが加わって妖艶さを増したが、それでもなお重苦しい。
3rd『Vision Thing』はハードロック風だがやっぱり重苦しい。
Bサイド集『Some Girls Wander By Mistake』にはイギー・ポップやローリング・ストーンズのカバー曲もあったが、それも重苦しくなっていた。ベスト盤『A Slight Case Of Overbombing』は……もう言うまでもない。

いわゆるゴスに分類されるバンドの中で、シスターズの音は一際陰鬱なように思える。ビートはドラムマシンなので単調、エルドリッチのボーカルも同じくらい淡々としていて、感情の起伏がない。
ただし、深くて低い声のせいか、異常に不気味に響く。不思議なことには時に艶っぽくさえ感じる。でもひとたびドスを効かせると、やっぱりすべてを闇で包みこんでしまうのである。

ところで、フジのシスターズは、暗黒音楽の引力と、レッド・マーキー(テントステージ)がガラガラという状況と、大量のスモークでステージが見えないという視覚的理由から、かなり前のほうで拝見させていただいた。
エルドリッチはCDで聴くよりもドス声になっていて、低音ボーカル大好き人間には嬉しかった。もう少しボーカルが前に出ていればよかったのだが……PAトラブルでもあったんだろうか? 
一方で、なぜそれを選んだのか疑問な蛍光黄色シャツや、煙草をふかしつつサングラス越しにオーディエンスに睨みを効かせるお姿は笑えるような怖いような。ただ、たまたま私がいたエリアを3分以上睨みっぱなしだった時だけは、さすがに怖さのほうが勝った。散々ふてぶてしい態度をとってきたエルドリッチだが、去り際には深々とお辞儀。
以来、シュールさと素敵さの間を行き来するこのお方を、私は敬意と親しみをこめて「エルドリッチおじさん」と呼んでいる。

ハイ・フィデリティ

シンパシー・フォー・音楽オタク。

ハイ・フィデリティ('00)
監督:スティーヴン・フリアーズ
出演:ジョン・キューザック、ジャック・ブラック



①特にどこかで発表するわけでもないが、何らかのマイ・ベスト5を作る癖がある。
②自宅のレコード、CD、DVDなどの並びにこだわりがある。
③人がいる場で音楽をかけて、誰かこの曲気に入るだろうかと期待する。
④自分の音楽コレクションからベスト盤を作ったが、人に気に入られず玉砕したことがある。
――以上の項目に当てはまる人は、おそらく主人公の喜悲劇を笑いつつも、内心笑えないだろう。

主人公ロブ・ゴードンは、レコードショップを経営する30代の音楽オタク。そして、同棲していた彼女に出て行かれたばかり。
なぜ自分の恋愛はこうもダメなのか? 自分の何がいけないのか? 自身を見つめ直すべく、彼は今までの「ツラい失恋トップ5」の元カノたちを訪ね歩く。

ラブストーリーだけ切り取ってみれば、本当にどうということのない人間関係の1コマのはず。それがやけにグサリとくるのは、音楽オタクの生態が如実に反映されているからだ。
ベスト盤を作るときは、相手の好みの曲と自分のお勧めの曲を調和させるサジ加減が難しい。
レコードやCDの棚は、自分にしか分からないルールで整理。
語りあえる同志が欲しいと思う反面で、ついつい閉じた世界を作ってしまう。
そんな不器用さがどうしても現実の人間関係にも影響してしまう。
童顔ジョン・キューザックは、そんな「いい歳こいた子ども」にピッタリである。
その一方で、自分がそうしたオタクで色々ダメな点も多い人間であると知った上で、バンドとしてステージに立つジャック・ブラックは逆にカッコいい。ロックスターは自分のカッコ悪さを熟知しながらステージに立つからカッコいいのだ。

それにしても、良い点も悪い点も含めて、音楽オタクの癖が国境を超えていることにはつくづく驚かされる。
ちなみに、私も90%ぐらいロブ・ゴードンである。

もう1つ、この映画を基にオタク指数を測れるポイントは、BGMと小道具。
かかっている音楽、登場人物が着ているTシャツ、画面に映りこむレコードのジャケットに過剰反応すればするほどハイレベル。
が、Wax Trax! Tシャツを見て「すげー! Tシャツあるんだ!」って思った人は私以外に何人いるだろう。深く考えると哀しい。

2011年9月11日日曜日

空飛ぶモンティ・パイソン 第1シリーズ第3話



遠くから異なる種類の木を見分ける方法
執拗にカラマツ(Larch)ばかり出してくるこのネタは、第3話の最後まで引っ張られる。
蒸し返しギャグもパイソンズお得意。

法廷にて
この頃から、テリーJの吹き替えは、たとえ女装キャラでなくても(このスケッチのように裁判官であっても)おばさん口調になってくる。
被告エリックはムダに熱く自由の重要性を語り、弁護士ジョン(本当に弁護士資格あり)はろくでもない証人ばかり出廷させ、証人の1人グレアムおばさんは関係ないマシンガントーク、これまた証人としてピンクコスチュームのリシュリュー枢機卿(マイケル)が登場、最後はミュージカル風になり、甲冑男テリーGが強引にオチをつける。
パイソンズ各自のキャラが立った、ある意味集大成的スケッチ。

自転車修理マン
アメリカ代表ヒーロー、スーパーマンをバカにした風のスケッチ。
そういえば、アメリカ以外のコミックヒーローってあまり聞かないかも。

良い子のお話の時間
絵本のどのエピソードも18禁な方向に転がる、良い大人のお話の時間。

レストランにて
フォークが少し汚いと指摘しただけで、絶望の淵に立たされるレストラン従業員たち。テリーJのフランス人ウェイター演技が光る。包丁片手にやってくるジョンはちょっとした恐怖。
スケッチの前後には、マイケルが司会者風に登場。ただのにこやかないい人だけでなく、笑顔が胡散臭い男も務まるのが彼の強み。

ミルクマン
罠にかけられるミルクマンを演じるマイケルがやけに可愛いのは、人懐っこい笑顔だけでなく、人並みの下心がうかがえるから。
こうしたキャラクターの幅の広さから、マイケルは役者としての評価も高い。

盗まれたニュースキャスター
パイソンズはBBCのもとで番組を制作していながら、当のBBCのアナウンサーをバカにすることも忘れなかった。
ちなみにジョン演じるアナウンサーは、第2シリーズからレギュラーキャラになる。

子どもインタビュー
エリック、マイケルはギリギリとして、おっさん顔のテリーJも小学生役というのは無理があるように思える。
が、小学生にして世馴れたおっさんのような表情&口調の男子も、案外いるのである……。

ナッジ・ナッジ(このぉ、ちょんちょん)
ナッジ(Nudge)とは、「(注意をひくために肘で)そっと突く」の意味。(リーダーズ英和辞典より)
それを「ちょんちょん」と訳し、エリックの吹き替えである広川さんの喋り芸と合体させたのは、日本版の功績といえる。「分かってんでしょ! ちょんちょんなんだからこっちは!!」などなどの喋りの妙は、文字に起こすと伝わりにくいのが残念。
パブの上流階級紳士(テリーJ)に延々下ネタで絡む「ちょんちょんの男」は、エリックの代表的キャラクターであり、後のパイソンズ・ハリウッド・ライヴで登場したときには大歓声を浴びていた。

空飛ぶモンティ・パイソン 第1シリーズ第2話

はじめに、いちいちフルネームで書くのがまどろっこしいので、以降テリー・ジョーンズの表記をテリーJ、テリー・ギリアムの表記をテリーGとします。




木登り羊のハロルド
パイソンズ界では、「群れで行動し、牧羊犬や羊飼いの命令に忠実」という羊の習性すらネタになるらしい。

羊型コンコルド
コンコルドの説明をするフランス人も、ベレー帽&口髭&横縞シャツという偏見のカタマリで構成されている。おそらく、パイソンズがもっともネタにすることが多い外国人は、フランス人とドイツ人だろう。
ちなみに、胡散臭いフランス人キャラが上手いのは、テリーJとマイケルのオックスフォード組。

お尻が3つに割れた男
……という名目でテレビに出ているのに、尻をカメラに映されるのを嫌がる男というナンセンス。

ネズミ虐待オルガン
動物保護精神溢れるイギリスではバッシングもののネタ。案の定、途中で「止めろ!!」とオルガン奏者が撤収されるというオチが。
ちなみに、テリーGの監督作『バロン』には、奴隷虐待オルガンが登場する。

結婚カウンセラー
ここに登場する、マジメで気弱で「バカ」のつくお人よしキャラは、「ザ・いい人」マイケルの得意分野。
キャラクターの名前はアーサー・ピューティー。第2シリーズの「バカ歩き省」にも、マイケル演じるピューティーという男が登場するので、同一人物かもしれない。
その妻を演じたキャロル・クリーヴランドは、パイソンズ全員お気に入りのコメディエンヌ。パイソンズ・ライヴに同行することも多く、「第7のパイソン」とも呼ばれるように。

おてんばヴィクトリア女王
保守的時代の象徴たるヴィクトリア女王は、その後も何度となくパイソンズのネタにされる。
パイソンズで最初に女王を演じたのは、一番おっさん顔のテリーJだった……。

親子間階級闘争
労働者階級訛りでラフな格好の父親(グレアム)と、中産階級訛りでスーツを着こなす息子(エリック)。ブルーカラーの親父とホワイトカラーの息子の対立かと思いきや、会話の内容を聞いてみると実は……。
もう1つの見どころは、父と子の間で喧嘩を止めようとするテリーJママ。

討論番組「エピローグ」
「神は存在するか」というテーマを、聖職者と無神論者の教授が討論……しない。
マトモに話し合わない知識人というこのスケッチは、後にパイソンズ映画『ライフ・オブ・ブライアン』を巡る討論番組で図らずも現実になってしまった。彼らの映画に反対する「良識派」の人々は、パイソンズがキリストをバカにしていると決めつけてものを言っていた。

ネズミ問題
好奇心からネズミコスチュームやチーズ漁りに手を染め、気がつくとネズミ・パーティーに顔を出すようになり、今でもネズミになってみたいという欲求がふと蘇ります。
ドラッグ問題のニュース・ドキュメンタリーを、「ネズミ」に置き換えるとこうなる?

空飛ぶモンティ・パイソン 第1シリーズ第1話

『空飛ぶモンティ・パイソン』のレビューは、シリーズの1話ごとに行いたい。
また、全てのスケッチやアニメーションの解説はできないかもしれない。




イッツマン
マイケル・ペイリンの代表キャラクター。オープニング前の「It's…」を言うためだけに出てくる、ボロボロの格好の老人。
特に第1シリーズでは、「It's…」のためだけに長距離を走らされたり、地雷原をくぐり抜けたり、食肉工場にぶら下げられたりと悲惨な目に遭っている。
記念すべき第1回目は、海を渡って登場。

英国人と豚の競争
第1話全編にわたって続く、「イギリス人と豚、どっちが多く死ぬか対決」。
人種・国家もネタにするパイソンズだが、一番ネタにしているのは自分たちイギリス人だったりする。なぜか、イギリス流ユーモアは自虐ネタが多い。

有名人の死に方コンテスト
歴史上の偉人をいじくり倒すスケッチも、『空飛ぶモンティ・パイソン』の定番。
ここでも最後のネタに、イギリスの英雄ネルソン提督を持ってくる自虐あり。偉人や権力者をゲイ設定にするのもパイソンズ流。

イタリア人のためのイタリア語講座
陽気でハイテンション、自己主張が強い、歌うの大好きというイタリア人のステレオタイプを茶化す。
この他のイタリア人ネタには、「女好き」「マフィアのお膝元」がある。

ペッパー・ポット
パイソンズが演じるおばさんキャラの総称。下半身が肥大して胡椒ビンみたいということでそう呼ばれている。この回のバター・コマーシャルスケッチで初登場するが、その後もテレビシリーズを通して何度となく出現。
一番おばさんが堂に入っているのはテリー・ジョーンズ、一番若い女性らしいのはエリック・アイドル。2人とも、細かい仕草が女性的なのが上手いポイントである。

芸術の時間
同じくパイソンズの鉄板、芸術こきおろしネタ。
高名な芸術家をナメくさったインタビューや、有名芸術家が自転車レースで絵を描く企画を決行。

ヴィクトリア時代・思い出のアルバム
昔の写真のコラージュでシュールな作品を作るテリー・ギリアムのアニメは、「ギリアニメーション」と呼ばれていたらしい。
特に、芸術作品や由緒ある時代の写真を使った過激ネタは、パイソンズの権力者茶化しに大いに貢献している。

殺人ジョーク
読んだ人をことごとく笑い死にに至らしめるジョークが、第二次世界大戦の最終兵器として利用される話。ここでは、ドイツ人=ユーモアがないという偏見ネタが。
パイロを使ったシアトリカル・ロックバンドのラムシュタインや、『ドリームシップ エピソード1/2』などのパロディ映画がドイツから生まれた今、もしパイソンズがドイツ人偏見ネタを作ったら、「ユーモア感覚が変態っぽい」という話になっていたのだろうか。

モンティ・パイソンもののレビュー前に

It's…(始まるよ)




確かにモンティ・パイソンには映画版がある。メンバーのほとんどは映画関連の仕事をしている。
しかし、彼らの中心に『空飛ぶモンティ・パイソン』というテレビ番組がある以上、「映画」という枠ではなく、新たに「モンティ・パイソン」という枠で語ったほうがいいように思えた。
かくして、ブログのラベルにパイソンが追加されたのだった。

モンティ・パイソンに関する書籍やウェブサイトは多々ある。製作している人はリアルタイムで番組を観ていたファンだったり、リアルタイムでなくとも熱心なファンだったり、当時のイギリスの政治・風俗に詳しい研究家だったり、パイソンズ本人たちにインタビューしてきたライターだったりするので、現時点でパイソニアン歴2年目の私の解説より、そういった資料を見たほうがより正確な情報を得られるはずである。
しかし、他に丸投げなんていい加減な仕事をしていると、どこからか乗りこんできた軍人に厳重注意を受けそうなので、可能な限りのイントロダクションを書くことにする。

モンティ・パイソン概要
モンティ・パイソンとは、1969年からイギリスBBCのコメディ番組で活躍したグループ。もとは『空飛ぶモンティ・パイソン』という番組名のことだったが、次第にグループ6人のことを指すようになる。番組は1974年まで、全4シリーズが放送された。
権力者、偉人、知識人をどこまでもコケにして、人種・宗教・偏見など何でもネタにするというブラックなスケッチ(コント)が人気。オチがなく、スケッチからスケッチへ話が繋がるという流れが斬新と評価され、英国コメディ史における革命的存在となる。「コメディ界のビートルズ」という称号も持つ。

なお、「モンティ・パイソン」というネーミングは、番組名をつけるにあたって思いつきで決まったもの。メンバーのエリック・アイドルいわく「人生と同じで大した意味はない」らしい。

日本では昔、テレビ東京にて日本語吹き替え版が放映されていた。吹き替え声優陣の豪華さとクオリティの高さから、いまだ評価が高い。
日本語吹き替え復刻のボックスセットも出ているが、日本で放映されなかった放送回があったり、権利関係で吹き替え音声が使用できない部分もあったため、日本語音声のない部分も多々ある。

パイソンズ・メンバー  *()内は日本語吹き替え声優
①グレアム・チャップマン(山田康雄)
ケンブリッジ大出身。医学専攻で、医師免許を持つ。スケッチで医者の役を演じることも多かった。
192cmの長身で、軍人や警察官など横柄な権力者役が得意。パイソンズ映画では主役をはった。
私生活はかなり破天荒だったらしく、アルコール中毒の問題も抱えていた。また、オープンゲイであり、ゲイの人権擁護活動も行っていた。
1989年、脊椎ガンにより48歳で亡くなった。その後パイソンズが集まるときには、遺灰として骨壷で登場していたりする。

②ジョン・クリーズ(納谷悟朗/第1シリーズ1・2話だけ近石真介)
ケンブリッジ大出身。法学を専攻し、弁護士資格を持つ。
196cmとメンバー1長身。迫力があるためか、高圧的なキャラクターを演じることが多い。
第4シリーズを前にいち早くパイソンズの番組から離れ、コメディドラマや映画の脚本製作に当たっていた。近年の007シリーズ、「チャーリーズ・エンジェル」シリーズ、「ハリー・ポッター」シリーズなど、大作映画への出演も多い。

③エリック・アイドル(広川太一郎)
ケンブリッジ大出身。言語学専攻。延々と続くしゃべくりや、言葉遊び的なネタを得意とする。
自称「パイソンズで3番目に背が高く、6番目に性格がいい男」。
出版や音楽活動でも才能を発揮し、パイソンズ映画『ライフ・オブ・ブライアン』の主題歌「Always Look On The Bright Side Of Life」が代表作。
パイソンズ映画『モンティ・パイソン・アンド・ザ・ホーリー・グレイル』を基盤にしたミュージカル『スパマロット』の脚本・作曲担当でもある。

④テリー・ジョーンズ(飯塚昭三)
オックスフォード大出身。中世英文学専攻。サイレントコメディ風スケッチやドタバタ劇など、ビジュアル的な笑いが得意。(これはオックスフォードのコメディの特色らしい)
おばさん役の上手さはパイソンズ1。「裸のオルガン奏者」をはじめ、なぜか全裸/半裸役が多い。中世イギリス史の研究書を書いたり、歴史番組をつくったり、児童文学を書いたり、ジャーナリストとしてコラムを書いたり、映画監督・脚本家(パイソンズ映画含む)を務めたりと、多分野で活躍。

⑤マイケル・ペイリン(青野武)
オックスフォード大出身。歴史学専攻。テリー・ジョーンズとは大学時代からの腐れ縁で、同じくビジュアル・ギャグを得意とする。
にこやかで優しそうな見た目に違わずいい人と評判で、パイソンズ好感度ナンバー1。一緒に仕事がしやすいからと、他メンバーの映画などのプロジェクトによく呼ばれている。
旅行好きが高じて、BBCで旅行番組を制作したこともある。

⑥テリー・ギリアム(古川登志夫)
オキシデンタル大出身。政治学専攻だが、アートの技法も学ぶ。メンバー唯一のアメリカ人。
スケッチにはあまり出演せず、スケッチをつなぐシュールなアニメーションを製作。たまに出演すると、なぜか変態っぽい役どころが多い。
『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』『Dr.パルナサスの鏡』などの映画を生み出し、鬼才監督として名を馳せている。

ゴーストライター

平熱のサスペンス。

ゴーストライター('10)
監督:ロマン・ポランスキー
出演:ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン




ロマン・ポランスキーほど、自身の人生がそこいらの映画以上に劇的な映画監督もいないんじゃなかろうか。
母をアウシュヴィッツで亡くし、2人目の妻をカルト集団に殺され、性犯罪容疑をかけられてアメリカを離れ、以来入国できないままアカデミー賞を受賞し……
そんな現実(ノンフィクション)の凄まじさを知っているからだろうか。どれほど劇的な事件でも、ポランスキーはフィクションをどこか冷めた目で描いているようにも思える。

主人公であるゴーストライターは、亡くなった補佐官の後任として、元英国首相の自伝執筆を依頼される。元首相の住むアメリカの孤島を訪れ、原稿のリライトを進めるうちに、彼の経歴に疑問を覚えるようになる。
前任者が遺した手がかりをもとに謎を追うが、事件の核心に迫るにしたがって国家レベルの秘密に触れるようになり、ライター自身にも危険が迫る。

謎を追いつつ何者かに追われるという展開は非常にサスペンスフルなはずだが、主人公が比較的冷静であるためか、観ていて緊張状態が続くことはない。というより、主人公以前に監督自身が、このミステリーを冷めた目で観ているようだ。映画的でありながら、どこまでも冷めた描写のオープニング/エンディングショットによく表れている。
また、取り立てて大がかりな謎が隠されているわけでもないので、謎解きもののミステリーとして観ると物足りなく思えるだろう。
ただし、隠蔽工作がやけにスムースに行われている描写や、ブロスナン演じる元首相がトニー・ブレアを彷彿させるところなど、妙にリアリティを感じさせる作品ではある。

この映画は、ポランスキーと共同で脚本を書いているロバート・ハリス著の小説を基に作られていて、決してポランスキーのオリジナルストーリーではない。
しかし、ストーリーを追うにつけ、ヒッピーカルチャーの影から生まれたマンソン・ファミリーの手で妻を奪い、犯罪容疑のため離れざるを得なくなったアメリカへの、ポランスキー流の当てつけではないかと勘繰りたくなってしまう。

2011年9月9日金曜日

カム・トゥ・ダディ・EP/エイフェックス・ツイン

神経を侵食する音と顔。

APHEX TWIN
Come To Daddy EP ('97年)



クリント・マンセルが手がけた、映画『π』のメイン・テーマを聴くと、「神経症」という表現が浮かぶ。ひんやりとしたエレクトロニカのサウンドと性急なビートは、正確無比の数学能力を持ちながら、パラノイアで、次第に追いつめられていく主人公の頭の中そのものだ。
そしてこの感覚は、エイフェックス・ツインのアルバムを聞いたときの感覚に似ている……と思ったら、サウンドトラックにはしっかりエイフェックスの曲が入っていたのだった。

サントラ収録の「Bucephalus Bouncing Ball」がM4に入っていて、なおかつエイフェックス屈指の神経症的サウンドの作品が、このEPである。
何といっても、表題曲のドリルンベースの耳につくこと。それに乗ってくり返されるフレーズ「お前の魂が欲しい、お前の魂を喰ってやる、パパのところへおいで」の不気味なこと。この曲は映画『8mm』でも、スナッフ・フィルムの殺人鬼の部屋でかかっているレコードの曲として流れている。
表題曲のリミックスも2曲収録されているが、エイフェックスの「リミックス」とは「完全なる再構築」なので、原曲の面影はまったくといっていいほど残っていない。
その他の楽曲も、ビートの刻み方や響きが神経に響く。特にM4「Bucephalus…」は、トレイの上に落とされたガラス玉の音をズタズタに刻んで執拗にくり返す、嫌がらせスレスレのアートになっている。
M2「Film」とM8「Iz-Us」はかろうじて穏やかだが、この場に収録されていると、根底に何やら不穏なものがあるような気さえしてしまうのだった。

それにしても、エイフェックスのCDジャケットには、エイフェックス・ツイン=リチャード・D・ジェイムズのポートレートが多い。それも不気味な笑顔。量産されてずらりと並ぶリチャードの顔は、まるで記号である。
この顔はPVにもよく表れるが、増殖して迫って来るので、ジャケに輪をかけて不気味だ。「Come to Daddy」では、ジャケ写のようにリチャードの顔を貼りつけた子どもたちが廃墟で暴れまわり、大人を追い回す。さらに、テレビ画面にはリチャードの顔をさらにデフォルメした怪物のような顔が映る。
短いながらも、そこらの映画より心理的に「来る」ホラー作品となっている。

セシル・B ザ・シネマ・ウォーズ

腐った映画を、地獄へ道づれ。

セシル・B ザ・シネマ・ウォーズ('00年)
監督:ジョン・ウォーターズ
出演:メラニー・グリフィス、スティーヴン・ドーフ



いつの時代にもおもしろい映画は必ずあるから、「今どきの映画はつまらない」なんて言う気にはなれない。
しかし、映画業界は年々まずくなっているんじゃないだろうか。テレビ局の後ろ盾がないと、大々的な宣伝も上映館数の増加もできない。あるいはテレビドラマの劇場版の乱発。シネコンが増加した分、マイナーな良作を世に出すミニシアター系劇場が減少。
何よりアレは何とかならんのだろうか、芸能人による映画プロモーション。芸能人のゴシップ(お笑いの人ならネタ披露)ばかりが採り上げられて、肝心の映画宣伝はおざなりになっているのだから。

……という文句を飛び越えて、映画業界に体当たりで喧嘩を売っている監督が、ジョン・ウォーターズ。下劣モード全開の『ピンク・フラミンゴ』が有名だが、それとはまた違ったベクトルで「スゴいものに出くわした」感を味あわせてくれるのが、この映画である。

わがままで尊大なハリウッド大女優、ハニー・ホイットロックが、プレミア試写会の場で誘拐される。犯人は、映画監督セシル・B・ディメンテッド率いるゲリラ映画撮影隊「スプロケット・ホールズ」。彼らはハニーを主演女優に強引に抜擢し、予算ゼロの映画製作を通じて、ハリウッドの商業主義・検閲だらけの映画システムに戦いを挑む。巻き込まれるかたちとなったハニーだが、己のビジョンと映画のために命を懸ける彼らと撮影を続けるうちに、女優魂を開花させていく。

セシルがウォーターズ監督そのものであることにほぼ疑いはない。ウォーターズ自身、過去にゲリラ撮影、しかも全裸撮影を決行して逮捕というヘビーすぎるエピソードを持っている。ただ幸いにして、ウォーターズは両親からの理解に恵まれていたため、セシルのようにシネコンや撮影現場へ直々に殴り込むほどのバイオレンスに走ることなく、エネルギーを映画製作につぎ込んでいた。
とはいえ、危険度とインディペンデント精神に溢れた自分の作品をシーンに送り込むこと自体、ウォーターズ流の爆弾小包であるように映るのだが。

セシルを演じるのはスティーヴン・ドーフ。端正なお顔をギラギラさせるキャラが多い人だが、ここでも顔面をギラつかせて、映画愛を全身全霊で体現。
主演というより、監督の共犯者というほうがしっくりくるようにすら思えてしまうのだった。